“モダン建築に動物が呼び込むバロック性” [樋口ヒロユキ] 1/3

 建築家、廣瀬慶二(1969-)の作品は、日本の近代的住宅の、まるで見本のような外観をしている。 だが、いったん室内に入ると、その印象は一変する。
 本来フスマを使うべき部分には、檻のような格子戸が設けられており、柱には荒縄が巻き付けてある。 さらに人間の目の高さほどの場所には、まるで空中回廊のように、細い板が渡してある。 この細長い板状の通路は、家じゅうを貫通して走り回り、 壁に突き当たった部分にはトンネルが開けられ、隣の部屋へと続いているのだ。
 この通路はところどころで、略式化された螺旋階段のような、奇妙な柱とつながっている。 しかも、この螺旋階段は、天井部分を突き抜けて二階にまで届き、そこで再び空中回廊に接続するのである。 また、この通路に面した壁面や天井には、あちこちに小さな窓が穿たれている。 「通路を進んで行くうちに、ちょっと外が気になったので、ここで窓を穿ちましたよ」とでもいうかのようである。
 要するに彼の建築は、本来視界を遮るべきドアは檻状の格子戸にしてあり、 やはり視界を遮るべき天井や壁には、いたるところに穴や窓の開いた多孔質の構造を持っていて、 その穴を縦横に空中回廊や螺旋階段が走り抜けるという、迷宮か遊園地のような容貌を備えているのである。 奇妙なほどに見通しのよい、この多孔質の空間に遊ぶうち、人は「視線の遊戯性」のなかに捉えられるのだ。
 だが同時に廣瀬建築は、そのほとんどの部分が直線で構成された、シンプルなデザインとなっている。 装飾と呼べるほどの装飾も存在しない。 彼の手になる建築は、あくまで構造が奇妙なのであって、むしろその表面は、禁欲的なまでにシンプルなのである。
 さて、この「装飾においては禁欲的だが、構造は極めて遊戯的」という、彼の建築の内観が見せる特色を、 果たして何と呼ぶべきか。私はこれを「バロック的」と呼びたい。
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